公開 2026.06.11 ・ 8分で読める
東大おうち塾コラム
中高一貫校を辞め、野球を選び、浪人した。それでも東大に合格できた理由
中学受験で栄光学園に合格しながら、中2で退学して野球に打ち込む道を選択。現役では東大に不合格、浪人を経て合格した私の進路選択の話です。受験は人生の一部であり、自分で選んだ道を正解にすることの大切さを伝えます。

E.T(理科二類)
東京大学 理科二類 / 東大おうち塾 講師 / 公開 2026.06.11 / 8分で読める

目次
東京大学に合格したと話すと、「昔から勉強が得意だったのですね」「順調に進学校で勉強してきたのですね」と言われることがあります。確かに私は中学受験で栄光学園に合格しました。しかし、私の受験人生は決して順風満帆なものではありませんでした。
中学2年生で栄光学園を退学し、公立中学校へ転校。その後も進学実績より野球を優先して高校を選びました。高校時代は野球中心の生活を送り、現役では東京大学に不合格。浪人を経て、ようやく合格することができました。
受験という観点だけで見れば、私の選択は遠回りだったと思います。それでも私は、栄光学園を辞めたことも、野球を選んだことも、一度も後悔したことはありません。今回は、そんな私の進路選択についてお話ししたいと思います。
第01章第1章 栄光学園という恵まれた環境
私が栄光学園を受験したきっかけは、小学6年生の担任の先生の一言でした。もともと私は公立中高一貫校を目指して勉強していました。私立の難関中学について詳しかったわけではありません。そんな中で先生から「もっと上を受けてみたら?」と言われたことがきっかけで栄光学園を知り、受験することになりました。結果として合格することができ、私は春から栄光学園へ進学しました。
入学してまず感じたのは、周囲のレベルの高さでした。自分より頭の良い人が当たり前のようにいる。それまでの人生ではあまり経験したことのない環境でした。しかし、不思議と劣等感はありませんでした。むしろ楽しかったのです。授業は面白く、友人との会話も刺激的でした。文化祭では友人たちとチュロスの店を出し、売上1位になったこともありました。野球部にも所属していました。毎日が充実していました。今振り返っても、本当に良い学校だったと思います。だからこそ、後の決断は簡単なものではありませんでした。
第02章第2章 それでも消えなかった違和感
栄光学園での生活は楽しかった。友人にも恵まれていました。勉強環境も素晴らしかった。それなのに、どこか満たされない自分がいました。その理由は、今ならはっきり分かります。私は「何かに本気で打ち込みたい」と思っていたのです。
栄光には優秀な人がたくさんいました。そして多くの人が、将来を見据えて勉強に取り組んでいました。もちろんそれは素晴らしいことです。しかし当時の私は、「中学高校の6年間を勉強だけで終えていいのだろうか」という気持ちを強く持つようになっていました。
そんなとき、地元の中学校の野球部が全国大会に出場したという話を聞きました。そこには小学生時代のチームメイトもいました。話を聞けば聞くほど、羨ましくなりました。試合の話。練習の話。仲間の話。悔しかった試合。勝った瞬間の喜び。その全てが輝いて見えました。
栄光学園は学問において最高の環境でした。一方で、その中学校は野球において最高の環境でした。私は次第に考えるようになりました。もし自分が中高6年間を使うなら、どちらを選びたいだろうか。東大合格への近道か。それとも野球に打ち込む道か。もちろん簡単に答えは出ませんでした。何度も悩みました。でも最終的に私が出した答えは、「野球をやりたい」でした。
第03章第3章 栄光学園を辞めるという決断
私は両親に相談しました。正直、反対されると思っていました。栄光学園は誰でも入れる学校ではありません。多くの人が憧れる学校です。そこを自分から辞めたいと言うのです。しかし両親の反応は意外なものでした。「いつかそう言うんじゃないかと思っていた」と言われたのです。どうやら私の中にある違和感に、両親は気付いていたようでした。
そこから話は一気に進みました。学校との面談。転校先との調整。退学手続き。気付けば、栄光学園を去る日が近づいていました。
もちろん迷いがなかったわけではありません。友人と離れるのは寂しかったです。野球部の仲間もいました。文化祭を一緒にやった仲間もいました。それでも私は決断を変えませんでした。
最後の日、友人たちは色紙を作ってくれました。応援の言葉を書いてくれました。送り出してくれました。今思い出しても、本当にありがたいことだったと思います。
退学手続きを終え、栄光坂を下った日を今でも覚えています。風の強い日でした。一年半毎日通った道なのに、なぜか違う景色に見えました。不安もありました。怖さもありました。でも同時に、「この選択を正解にしなければならない」という強い気持ちもありました。あの日の決断は、間違いなく人生最大の決断でした。
第04章第4章 野球を選び続けた高校時代
公立中学校へ転校してからは、野球中心の生活になりました。最初は苦労しました。周囲はすでに新チームとして動き出していました。私は途中から入った人間です。技術も体力も足りませんでした。それでも練習を続けました。レギュラーを目指しました。そして試合にも出られるようになりました。野球を選んだことを後悔したことはありませんでした。

E.T 野球の優勝旗
▲ 野球に打ち込んだ成果。
高校受験でも同じでした。私は学芸大学附属高校にも合格しました。県内トップクラスの進学校へ進学する選択肢もありました。しかし最終的に選んだのは、野球に打ち込める公立高校でした。
今考えると、本当に野球ばかりですね。でも当時の私は本気でした。高校3年間しかできないことに全力を注ぎたかったのです。
高校生活はまさに野球漬けでした。朝練習。放課後練習。休日の試合。フォームの研究。バッティングセンター。本気で上手くなりたいと思っていました。結果として、高校野球に関してはやり切ったと言えます。レギュラーとして試合にも出ました。悔しい経験もたくさんしました。でも後悔はありません。だからこそ、現役で東大に落ちたときも、「野球をやらなければ良かった」とは思いませんでした。

E.T 高校時代の野球(打席)
▲ 進学実績より野球を優先した高校時代。本気で打ち込んだ3年間が今の自分の土台になっている。
第05章第5章 遠回りだったのか
ここまで読むと、「それは遠回りだったのではないか」と思う人もいるかもしれません。実際、東大合格だけを目標にするなら遠回りだったと思います。栄光学園に残っていた方が有利だったでしょう。もっと勉強時間も確保できたでしょう。現役合格できた可能性も高かったと思います。
でも私は、その人生を羨ましいとは思いません。なぜなら、今の私を作ったのは野球だからです。仲間と本気で戦った経験。努力しても結果が出ない経験。悔しさを味わった経験。それらは全て今の自分の財産になっています。
人生は大学受験だけではありません。大学受験は人生の一部です。だから私は、大学受験だけを基準に進路を決めるべきではないと思っています。もちろん受験は大切です。しかし、それ以上に大切なのは、自分が納得できる選択をすることだと思います。
第06章第6章 受験生に伝えたいこと
受験生の皆さんは、これからたくさんの選択をすることになります。どの高校へ行くのか。どの大学を目指すのか。部活を続けるのか。勉強を優先するのか。そのたびに、「正解はどちらだろう」と悩むと思います。
しかし私は、進路選択に絶対的な正解はないと思っています。大切なのは、自分で考え、自分で決めることです。そして決めた後に、その選択を正解にするために努力することです。
私自身、栄光学園を辞めたとき、未来のことは分かりませんでした。東大に受かる保証もありませんでした。それでも、自分で決めたからこそ最後まで頑張れました。
受験勉強も同じです。誰かに言われた目標ではなく、自分で納得して決めた目標だからこそ努力を続けることができます。
第07章第7章 東大おうち塾で伝えたいこと
受験は勉強だけではありません。進路選択も受験の大切な一部です。私自身、栄光学園を辞めるかどうか、高校をどう選ぶか、本当にたくさん悩みました。だからこそ、進路に悩む受験生の気持ちもよく分かります。
東大おうち塾では、勉強を教えるだけではなく、一人ひとりの状況や目標に合わせて学習計画や進路についても一緒に考えていきます。受験には正解がありません。だからこそ、自分で納得できる選択をすることが大切です。
私は中高一貫校を辞め、野球を選び、現役で東大に落ちました。それでも、あの選択を後悔したことは一度もありません。自分で選んだ道だったからです。
もし今、進路や受験について悩んでいる人がいるなら、自分自身が本当に大切にしたいものは何かを一度考えてみてください。そして、選んだ道を正解にするために全力で努力してください。それが私の受験人生を通して学んだ、最も大きな教訓です。

筆者
E.T(理科二類)
東京大学 理科二類 / 東大おうち塾 講師
公開 2026.06.11
相模原高校出身。中高一貫校(栄光学園)から野球を優先して公立中学・相模原高校へ進学し、一浪を経て東京大学理科二類に合格。東大おうち塾の講師として、学習計画づくりと進路選択のサポートを行っている。